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2013年4月29日月曜日

映画『CUT』の舞台裏 The backstage of the film, CUT



日本+αな国際共同製作映画が面白い、と思う今日この頃。その中でも、今いちばん気になるのは覚馬さん、じゃなくて、俳優西島秀俊さん。特にここ数年は、イ・ジェハン監督(韓国)の『サヨナライツカ』(2010年公開)、アミール・ナデリ監督(イラン)の『CUT』(2011年公開)、そしてオドレイ・フーシェ監督(フランス)の『メモリーズ・コーナー』(2013年公開)と、国際色のある映画が続いてます。

この3本の映画のうち『CUT』は西島さんが主演。映画への愛を表現した作品なのだと予告編を観て興味が湧いたのですが、「殴られ屋」って何?痛そうだなあ、インディペンデント色が強すぎてつらい映画かも…、とちょっと敬遠していました。が、iTunes Storeにもきたことだし、と思い切ってみてみたところ、予想外の面白さ、というか観たことのないような映画でした。

自然な日本語とちょっと懐かしいようなシチュエーション、大胆な構成、ラストがどうなるのかハラハラドキドキ。それでいて、日本と日本映画への愛、監督たちへのリスペクト、そして現代の映画環境への警笛ともいえるメッセージがしっかり伝わるという、不思議な作品でした。何かに熱くなるって悪くないというか、いいな、かっこいいな、大切なものは大切にしなきゃ、とそんな気持ちに。

同時に、こういう国際共同製作映画ってどうやって作るんだろう、例えば言葉の問題は?と気になったところ、映画の公式サイトにそこのところが詳しく書かれてました(アミール・ナデリからのコメント)。
私は日本語を一切話せませんが、日本では言葉の壁を感じませんでした。台詞も私にはあまり重要ではありません。映画を観賞する際、台詞はきちんと聞いていますが、自分の映画ではあまり言葉を使いたくありません。私にとって、台詞は物語を進ませるひとつの要素ではありますが、台詞なしのイメージでストーリーを語りたいと思っています。映画作りへの情熱は映像、動き、編集そして沈黙で物語を説明することです。『CUT』において沈黙は主役そのものでした。
そういえば、この映画にはサイレント映画を建物の屋上で上映する、なんてシーンもあります。一方で、何人もの人が声を上げてるけど、何を言ってるかはあんまり重要じゃなくて、声に込められた感情だけが伝わってくるシーンも。
映画製作現場では通訳の手を借りて、スタッフやキャストたちと繋がりました。英語を解っている人も多かったと思いますが、日本人はシャイなのか、英語で返事をしてくれませんでした。私は撮影のとき、現場や雰囲気が大切だと思います。互いの信用は約束や言葉では生まれません。監督が映像で何を言いたいのか、それをどう伝えるのか、それを実感して初めて信用が生まれるのです。このマジックがいつ起こるのか誰にも誰にもわかりません。『CUT』にもこのマジックが起きました。その後、あまり言葉を交わさなくても、お互いの言葉を理解できました。ひとつの目線、仕草、無言でもコミュニケーションがとれるようになったのです。

ところで、アミール・ナデリ監督はこの作品の脚本も担当していますが、こういう場合、どうやって日本語の脚本にまでいたるんだろう?と疑問に思ったところ、そこのところもインタビューの中に書かれていました。
この映画の脚本は親友であるアボウ・ファルマンと英語で書き始めました。彼はカナダに住むイラン人でビデオアーティストであり詩人です。しかし、私はペルシャ語と日本語のニュアンスが近いことに気付き、脚本をペルシャ語に書き直しました。脚本は日本語に訳され、TOKYO FILMeXのプログラマーである市山尚三さんが青山真治監督を紹介してくださり、彼に脚本の監修をお願いしました。私は青山監督の『ユリイカ』を観ていました。素晴らしい作品です。青山監督とこの映画を通じて知り合えたことはとても喜ばしいいことでした。
ペルシャ語と日本語のニュアンスが近い、っていうのが面白いところ。イラン映画『運動靴と赤い金魚』を観て懐かしさのようなものを感じたのは、言葉のひびきも関係あるのかな、と思ったり。

とまあ、国際共同製作映画というのは、あれこれ気になる存在です。

CUT CUT

関連リンク
映画『CUT』オフィシャルサイト

2013年3月31日日曜日

洋画の原題と邦題 the original titles of foreign films, compared to their japanese versions

外国の映画の日本語タイトルは必ずしも、原題の日本語訳とは限りません。この記事ではわたしが最近みた映画を紹介しつつ、原題と邦題を比較してみようかと思います。

運動靴と赤い金魚 運動靴と赤い金魚(字幕版)

まずは昨日、itunesで観たばかりのイラン映画『運動靴と赤い金魚』。原題はペルシャ語で、"بچه‌های آسمان‎"だそうですが、ペルシャ語が全くわからない私にはこのままでは意味不明なため、Google翻訳にかけて日本語訳してみました。結果は「天国の子供たち」。で、この訳はどうなの?と念のため、この映画の英語タイトルをチェックしてみると、"Childeren of Heaven"、フランス語タイトルは"les enfants du ciel"となってますから、おそらく「天国の子供たち」が原題の直訳として妥当なのでは、と思われます。

でも。日本語で「天国の子供たち」なんて言ったら、子供たちが亡くなる話か、もう亡くなってしまった子供のお話を想像しますが、この映画の子供たちは元気です。いやむしろ、元気いっぱい、走り回りまわる、その姿、特に足元をカメラが追いかける、そんな映画。あ、イランも靴をぬぐ文化なんだなあ、と再確認する日本人は少なくないかも。そして池に金魚、しかも和金がいて、なかなかの役者ぶり。邦題のなかの「運動靴」はこの映画の重要アイテムですし、「赤い金魚」は異国であるイランをぐっと身近に感じさせてくれる存在。というわけで、この邦題は、「イラン映画観てみない?意外と日本と共通点あるんだよ、でちょっとなつかしい感じの映画なんだあ」と、誘ってくれてるような感じがして、とても好きです。

で、原題に戻ってみると、うーん、やっぱりわかりません。「子供たち」の映画ですが、「天国」のイメージが日本とイスラム・キリスト教圏(と、強引にまとめてみた)では違うのでしょうか。英語タイトルにある"heaven"には「たいへん幸せな状態」や「楽園」(by weblio)って意味もあるから、「幸せな子供たち」とか「楽園の子供たち」あたりが原題に込められた意味なのかな?あるいは、フランス語タイトルだと"ciel"ってなってますが、これは「空」「天国」(by 『クラウン仏和辞典』)という意味で…、ああ、これだとまた子供たちが亡くなってしまいます…。んー、ちょっと苦しいですが、"être au ciel"には口語で、「天にも昇る気持ちである、最高に幸せである」(by 『ロベール仏和大辞典』)という意味もあります。ここから推測して訳すと、英語とフランス語、ペルシャ語タイトルの意味するところは「幸せな子供たち」なのかも。たしかにこの映画、「幸せって何?」って考えさせる内容です。原題はストレートに映画のテーマを示してるのかもしれません。


『運動靴と赤い金魚』予告編


エリン・ブロコビッチ エリン・ブロコビッチ (字幕版)

さて、次の映画はhuluで観たアメリカ映画で、邦題が『エリン・ブロコビッチ』、原題は"Erin Brockovich"。英語をカタカナ化したパターンのタイトルといえばそれはそうなんですが、こうした人名の場合、"Erin"を「エリン」に、"Brockovich"を「ブロコビッチ」に訳した前例がある場合、それに従うのが結構大切かも。ちなみに、原題をGoogle翻訳さんにかけるとばっちりこの邦題にしてくれますが、逆に、邦題をGoogle翻訳さんで英訳しても、原題になります(!)が、こうしたことを可能にするためにも、外国人名の日本語カタカナ表記は一定のルールというか、用例の蓄積が必要といえそう。

ところで、人名がタイトルになってる場合って、その人物が実在のことが多いのかも。この映画の主人公は実在の人物で、映画にも登場します。環境汚染の告発という暗く深刻になってもおかしくない内容を、一人の女性の痛快なサクセス・ストーリーとして描いたお話です。残念ながらhuluでは英語字幕はでないのですが、英語スクリプトとその日本語解説をした本が、スクリーンプレイ社から出版されています。

エリン・ブロコビッチ (名作映画完全セリフ集―スクリーンプレイ・シリーズ)

英語での環境用語や法律用語を学ぶにもいい映画かもしれません。



地球にやさしい生活 地球にやさしい生活(字幕版)

次はitunesで観たアメリカのドキュメンタリー映画。邦題は『地球にやさしい生活』で、原題は"No Impact Man"です。"no"も"impact"も"man"も、日本人にとってはなじみ深い英単語すぎるというか、どれもカタカナ化すると日本語なりの意味を持っていますから、「ノーインパクトマン」なんてタイトルにしたら、インパクトがない男=印象が薄い男、なんて意味にとられるかも。が、これは家族の物語。

この映画の中には、"ecological impact(生態的影響)"という言葉がたくさん登場します。いわゆる「環境への影響」っていう場合にこの、"impact"っていう単語を使うんだ、ということを私はこの映画ではじめて知りました。ちなみに、『ロングマン英和辞典』で、この単語を調べてみると、w2(書き言葉でよく使われる2000語のうちのひとつ)に分類されていて、意味は
impact
  1. (出来事・状況などの)強い影響(力), インパクト
  2. 衝撃
  3. 衝突の瞬間
と、あります。つまり、「影響」という意味で使われることが最も多い単語で、この意味での用例として、紹介されているのが、
the impact of pollution on our climate 汚染が気候に及ぼす影響
と、たまたまかもしれませんが、環境問題関連の言葉。

この原題の日本語訳は、直訳だと「影響しない男」になりますが、映画の内容から考えると、"No Impact Man"の意味するところは、”No (Ecological) Impact Man”で、その直訳は「(環境に)影響しない男」なのかも。で、邦題は、"no ecological impact"のところを、「地球にやさしい」にして生かしたものと思われますが、このフレーズ、商品の宣伝などでよく耳にする、ちょっと浮ついた感じというか、表面的な感じもあるのが、この映画の場合は内容的にとてもしっくりきます。というのは、この映画の主人公とその家族は、特に環境問題に詳しいわけでもない普通のニュヨーカーたちで、環境負荷の少ない生活を1年、とにかくやってみる、と宣言して、やってみながら学ぶというか、はじめから妙に専門的になっていないから。

とまあ、自分もちょっと、家族と環境、「地球」のため?に、生活に工夫を、と思わせてくれる映画でした。そういう意味では社会的インパクトのある映画であり、生活実験なので、"a big social impact"って意味も含んだ原題なのかも…。


『地球にやさしい生活』予告編


関連リンク
運動靴と赤い金魚 - Wikipedia
エリン・ブロコビッチ (映画) - Wikipedia
地球にやさしい生活 - Wikipedia

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