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2014年12月24日水曜日

Lang-8で日英翻訳のレッスン

英日翻訳でいろいろな文章を読み書きするようになってからというもの「日本語って難しい」と思うことが本当によくあります。またgengoの日英翻訳の試験にチャレンジしてみたこともあるにはあるのですが、一次試験には通ったものの、2次試験はもう難しすぎて全く歯が立ちません。時間がいくらあっても訳せない自分に呆然としました。

でも例えば自分の書いた文章だったら、書いた自分は少なくとも何を言いたかったのかわかってるわけだし、他の人の文章を訳すより簡単かも?と思いつき、先日、このブログに書いた記事「働きながら学ぶ Learn while Working」の英訳に挑戦しましたが、まあ大変でした。

そもそも日英翻訳には自信がないので、少しずつ文章を区切っては英語に訳し、Lang-8で添削してもらい、という風に作業を進めてみたところ、たった1316文字を訳すのになんと約4日もかかりました。

で、添削してもらった文章をつなげた英文がこちらです。これにさらに添削をして下さった方が現在のところお二方。ありがたいことです。

ところで、日英翻訳をする立場でこのブログの文章を読み直してみるのはなかなか新鮮でした。いつも考えながらだらだらと書いているので、文章は妙に長く、文法構造もいったいどうなっているのやら。結論は終わりのほうにあるようなないような。正直訳していて、「これって訳す価値、ないのでは?」「書き直したい!」という衝動に駆られましたが、これも練習と思い、なんとか最後まで訳しました。

といっても、今の私では細かなニュアンスまで英語に訳すのは無理!とあきらめて、ざくっと簡単な英語表現に置き換えたところが何カ所もあります。例えば、「言葉を紡ぐ」って英語ではどういうんだろう?と気になったのですが、単に「書く」="write"で済ませてしまいました。こういう気になった部分を自分でも調べたり、Lang-8で質問したりすれば、細やかな英訳ができあがるかもしれませんし、何より勉強になりそうです

また、Lang-8をもっと活用するには、このブログの原文(だらだらカジュアルな日本語)をそのまま載せるのではなくて、日本語を勉強中の方にもわかりやすいような、英語に訳しやすいような日本語に置き換えるという方法もあるなあ、と今回気づきました。が、しばらくはあえてそれはしないでおこうと思っています。

2014年12月14日日曜日

働きながら学ぶ Learn while Working



今年の初めは「語学を仕事に繋げるにはどうしたらいいんだろう?」 と悶々と考えていました。

例えば、いつかは翻訳を仕事にするとして、そのためにはきっと少なくとも、
  1. 翻訳講座を受講する (スキルを上げつつ人脈をつくる)
  2. 翻訳会社 (エージェンシー) の試験 (トライアル) を受ける。合格したらそこで見習い的な仕事を始める。
という2段階が必要で、そのためには数年はかかるんじゃないかしらん? でもあれ、県内には翻訳の学校なんて見つからない。学校とエージェンシーがセットになった企業が理想だけど、ん、それだと東京か大阪か京都に行かないとだめ? ってことは、その前に他の仕事で上京と通学費用を稼ぐ必要が…。困ったなあ、ダメ元でもうトライアルを受けてみようかしら? でも専門分野も決まってないし、どうしたものか…。

と悩んでいた時に、たまたまgengoという翻訳エージェンシーのことを知りました。で、サイトをなんとなく見ていたら、"work+learn"というキャッチコピーがぐっと心に入ってきたので、軽い気持ちで受験。2回の試験を経てスタンダード (standard)」レベルの試験に合格! というのは今年6月の話で、以来この半年間はせっせと翻訳のお仕事をこなしました。

gengoによれば、この半年に私が訳した英単語の数は8万5000語以上。制限時間内に訳す必要があるので、ぎゅっと集中しながら英語を読み、同時に日本語を作文し、わからない言葉が出てきたら調べまくる、という感じです。通訳ほどではありませんが、英語を見たら、日本語を素早く紡ぐ瞬発力が鍛えられました。

幸い、英日翻訳の需要は高いようで、ジャンルを選ばなければかなりのお仕事があります。が、翻訳ばかりしてると、お仕事の原文である英語と、自分が書いた日本語ばかり読むことになり、我ながら精度というか、自分が書く日本語が変になってきたかも? と心配になることも。ただ仕事をこなすだけでは「翻訳の勉強」にはならないようだと実感したのは、つい一ヶ月ほど前のこと。

「働きながら学ぶ」ことの長所は、いろいろありますが、まずは在宅翻訳の現場を体験できたのがよかったです。どんな依頼があり、依頼する人々や企業、翻訳エージェンシーが何を求めてるのかが少しだけわかりました。また、自分のバックグラウンドが活かせる分野が何で、訳してて楽しい分野が何か、ということもなんとなくつかめました。

そして何よりもお金が入ってくるおかげで、翻訳の道具である「辞書」をある程度揃えられたのもよかったです。でも辞書は大切ですが、辞書さえあればよい翻訳ができるわけではないので、最終的には通信講座でもいいから翻訳講座を受講しようと計画中。

というわけで、結局、上に書いた2つのこと、1)翻訳講座受講と、2)トライアル挑戦は来年の課題です。ただ今年の締めくくりとして!?先日、gengoのプロレベル試験を受験しました。合格するにはノーミス、誤訳は一カ所あってもいけないそうです。結果がでるのは年末から年明けにかけて。さてさてどうなることやら。

2014年5月27日火曜日

デュオリンゴで仏語英訳体験! experiencing translation from French into English with Duolingo!

語学学習サイト、デュオリンゴ(Duolingo)を始めて今日で29日目。がんばって続けてる、というより「はまってしまった」という感じです。

β版の日英コースのほうはひとまず置いておくことにして、現在はもっぱら英語話者のためのフランス語コースを攻略中。昨日、レベル10になったのですが、日英コースのレベル10とはかなり充実度が違います。やっぱりこの、とにかく翻訳課題(Real world practice)を大量にこなすという体験は言語的にも豊かで学習意欲も高まる気が。

しかも。デュオリンゴは単なる語学学習サイトではなくて、レッスンのための翻訳が、実は翻訳ボランティアにもなる、という仕組み。でもそんな、例えば私みたいに、ほんとは英語話者じゃない人が、たかだか500語とかのボキャブラリーしかないのに、文法書や辞書片手にえっちらおっちら訳した英文で役に立つの?という心配は無用。

実際に訳してみればわかることですが、ある人の翻訳文が単にそのまま最終稿になるわけでなくて、まず何人ものチェックが入る事になってます。良い悪いの判断はもちろん、別の翻訳例を提案したり、複数の翻訳例の中からベストだと思うものを選んだり、と、多くの人の手というか、チェックを通過したのちに、コミュニティとして翻訳確定とした文章が出来上がります。

で、ここがデュオリンゴのすごいところなのですが、同じ一つの文章をチェックする人の数がものすごく多い。「訳してはみたけど自信ないなあ」という文章には、たいてい次の日に修正案が届きます。しかもその修正してくれた人のフランス語レベル(&翻訳レベル)がものすごく高かったりするのでリスペクトしつつ「ありがとうございまーす!」と心の中で叫び、さらに学習意欲が高まるという好循環。

これがクラウドソーシング(crowdsourcing)ってやつなのか、というのはとにかくこの、フランス語の一文を通過する人の多さと速さとクオリティで実感するのでした。現在、わたしと同じく「英語から学ぶフランス語」をやってる人は実に906万人。パソコンやiphoneの前で淡々と課題をこなしてるわけですが、なんかこう、みんなで大きな(言語の?)壁をコツコツ壊してるような気が。作業してる時は一人なんだけど、次の日行ってみたら、散らかしたはずの石が片付けられてて、壁の高さもそういえば低くなってて、あ、ひとりじゃないんだ、みんなの作業だ、って実感するという、そんな感じでしょうか。

ところで、このコースをやってみて、私のフランス語、英語がどうなったかというと、まずフランス語にはすこし慣れてきた気がします。意味がわからなくても、文の構造が見えることがあって、臆する気持ちが減って来たといいますか。リスニングのほうはやっぱりまだまだ手強く、音がつながりまくるフランス語を分解するのがムズカシイ。でもフランス語は英語より文字と音の対応が規則的なので、音で綴りがわかることもしばしば。

一方の英語は、まだ感覚的に文法の正しさや文の美しさを感じるには到らず、でもそれを、他の人の訳例から頭で理解しようとしてるところ。そして改めて、wikipediaの英語の文章をしげしげと眺め、そのフォーマットと文例を読んでは訳出の参考にするようになりました。

そして当然ながら、仏英翻訳をやるには、仏英の辞書があると便利、なのですが手持ちのものがないので、MacOSについてる仏仏辞典に英英辞典をチェック、それを手持ちの英和、和英、仏和、和仏辞典と比べてえっちらおっちら訳してます。一応、オンライン辞書の、WordReference.Comには英仏、仏英辞典があって、簡単な調べものには便利ですが、これだけだと不十分。やっぱり一冊でいいから、仏英辞書、欲しいなあ、っていうか、ほんとはデュオリンゴに「日本語話者のためのフランス語」コース、あるといいんだけど…。

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デュオリンゴの日英コースを制覇? conquered the English for Japanese speaker course?

2014年5月21日水曜日

デュオリンゴの日英コースを制覇? conquered the English for Japanese speaker course?

語学学習サイト、デュオリンゴ(Duolingo)の日英コース、なんとなく続けてるうちに、とうとうスキルツリーの最後までたどり着いてしまいました。これがゲームなら最終ステージをクリア!ってことになるようで、一応トロフィーのようなものが登場。笑

この日英コースがβ版ということはさておき、ここまでで何が学べたかというと、英語の基本文法と基礎的語彙を使って翻訳と英作文をしまくる反射神経のようなものを鍛えたことになるのかもしれません。



ちなみに、このトロフィーのマークをクリックすると、次のようなメッセージが出て来ます。


「言葉の強さを満タンに」というのは全くそのとおりで、語学は使わないとどんどん忘れるし、反射神経もにぶりますが、デュオリンゴではトロフィーが出たあとでも時間がたつとどんどん「言葉の強さ」が減っていきます。

そしてこの「言葉の強さ」というのは、スキルツリーの課題とは別に、デュオリンゴ内での翻訳作業でも強まるようになっているようですが、残念ながら現在β版の日英コースでは翻訳課題がまだひとつしかなく、強めようがありません。これは待つしかないですね。

英仏コースだと、スキルツリーのかなり早い時期から次々と翻訳課題が降ってきます。課題文は今のところフランス語版ウィキペディアが中心で、それを英語に訳します。

といっても、文法はまだ現在形しかやってないし、語彙も500語くらいだし、よちよち歩きもいいところなのですが、それでも「あなたはこの記事の25%を訳せます!」という感じで課題文が紹介されるので、1文でも2文でも、辞書をひきながら翻訳、あるいは、他の人が既に訳した文章をチェックすることになります。

で、少しでも翻訳をすると、その同じ翻訳文を見た別の人が、それを評価したり、翻訳し直したりします。評価票が100以上となり、好評価票の割合が少なくとも90%になると、翻訳の段(tier)がひとつ上がることになるそう。また、他の人に翻訳文を直してもらうと、すぐに通知が来て、どこを直してもらったのかがよおくわかります。これは英作文の勉強にもなってなかなか面白いです。


思うに、デュオリンゴのスキルツリーはグロービッシュ(globish)にも似て、その言語の基本を学ぶのになかなかいいシステムだと思います。日英コースで学んだ単語数は現在1397語ですから、グロービッシュの1500語と近いところにあります。

基本を学んだ後はもっと話して聞いて書いて、読んで、どんどん慣れながらその言語の語彙を増やしていけばよいわけですが、デュオリンゴの場合はこの応用編を「翻訳」で体験するシステム。まだ日英コースではこの部分は整っていませんが、英仏コースの体験からすると、今後のデュオリンゴにはかなり期待できそうです。

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デュオリンゴに夢中。 I'm absorbed in Duolingo.

2014年5月15日木曜日

デュオリンゴに夢中。 I'm absorbed in Duolingo.



ここしばらくDuolingoという無料言語学習サイトにはまってます。言語学習は記憶に反復、地道にコツコツ筋トレするようなところがありますが、そこにゲーム性をうまく取り入れ、楽しく続けられるようにデザインされているシステム。よくできてるなあと、最初は使いながら惚れ惚れしてました。

そしてなんとなく続けて今日で17日目。もともとはフランス語学習がメインだったのですが、日本語で学ぶフランス語というコースはなかったので、英語で学ぶフランス語のコースを選択しました。

ちなみに英語話者のためには、たくさんのコースが用意されています。スペイン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、に加え、ドイツ語、アイルランド語、ロシア語、トルコ語、ポーランド語、ハンガリー語、ルーマニア語が構築途中。英語さえある程度できれば、この先かなりの言葉をこのシステムで学べる!と夢がひろがります。




今のところ、日本語話者のためにはβ版の英語(アメリカ英語)コースがあるのみです。一応、こっちもやってみようと始めてみたところ、思いがけず、中の方々のがんばりを体感することとなりました。



デュオリンゴでは基本、二つの言語間の翻訳トレーニングをこれでもか、と繰り返します。日英間なら、英文和訳、和文英訳が基本。つまり、正解はひとつではないことがほとんどです。

たとえば上の例のように、"I am a woman."を日本語に訳すという単純な課題でも、「私は女です。」「わたしは女です。」「私は女性です。」「私は女。」「女です。」などなど、漢字仮名問題に、文体、主語の省略など、様々な翻訳例が考えられますが、現在β版である、日本語で学ぶアメリカ英語にはこうした自由度というか、正解とする翻訳例の数がまだまだ足りません。

というわけで現在のところこの日英コースでは、自分の答えが正しいはずなのに不正解になった!という場合は、画面左下にある「問題を報告する」をクリックして、「私の答えも正しいはずです。」をチェックしてください、となってます。


で、ある時から「いやこの答えは正解にしないとだめだと思う。」という場合に限り、この方法で問題を報告したところ、毎日のように中の方々のレスポンスが届くようになりました。毎日かなりの数届くのでこちらもやる気になって、たくさん翻訳例を報告するぞ♪とますますこの日英コースにはまることに。

で、時々英仏コースに戻ると、レベルのせいか、言語の特性なのか、わりと答えがすっきり決まる気持ちよさがあるのですが、もうちょっと説明が欲しいな、というときに、ひとつひとつの問題の下の「文章について話し合う」のところをみてみると、時には100を超える投稿というか議論がつくされた跡があって少しでも読んでみると勉強になるのでした。それにしても中の人、どれだけがんばってるんだろう、と、思いつつ。

2014年4月25日金曜日

バリー・ユアグロー『ハッピー・バースデイ』 "HAPPY BIRTHDAY" by Barry Yourgrau

『翻訳教室 』に続いて、『柴田元幸ハイブ・リット』を淡々と訳すことにして、というのはすでに書きましたが、とにかくまずは最初の作品を訳してみました。バリー・ユアグローという作家の超短編で、"HAPPY BIRTHDAY"。

『柴田元幸ハイブ・リット』では、それぞれの作品の前に、柴田先生による短い作品紹介があります。で、今回の場合は、バリー・ユアグローの超短編はほとんど全部現在形で書かれていること、現在形の語りは一般的に過去形に比べて先行きが見えない感覚が強まるけれども、バリー・ユアグローの現在形は一瞬先にはどんなことだって起きうる、夢の世界と直結した現在形であること、など、とにかく「現在形」について書かれています。

が、ぼおっとそこをななめ読みして"HAPPY BIRTHDAY"の英文和訳をはじめ、物語に夢中になってしまったわたしは1パラグラフ訳してからその英文が全部現在形で書かれていることに、でも訳文は、全部過去形にしてしまったことに、気がつきました。この内容なら、普通は過去形だよね、となんとなく過去形にしてしまったことが、我ながら恐ろしいです。

気を取り直して現在形に直してみると、物語の緊迫感というか、ドキドキワクワク感がぐぐっと高まったのがよくわかって驚きました。過去形だと、
一匹の猿がバースディ・パーティを開こうと思い立った。ケーキやカラフルな帽子や騒々しい鳴り物がある本物のパーティだ。動物園にやって来る子供たちがいつも自慢しているようなバーティを開きたかった。ほかの猿たちは大笑いした。
「バースディ・パーティーだって?」と、猿たちは素っ頓狂な声を上げた。「ばかかおまえ?自分が猿だってこと忘れたのか?」
と、よくある子ども向けの動物のお話、な感じですが、これを現在形にすると、
一匹の猿がバースディ・パーティを開こうと思い立つ。ケーキやカラフルな帽子や騒々しい鳴り物がある本物のパーティだ。動物園にやって来る子供たちがいつも自慢しているようなバーティを開きたい。ほかの猿たちは大笑いする。
「バースディ・パーティーだって?」と、猿たちは素っ頓狂な声を上げる。「ばかかおまえ?自分が猿だってこと忘れたのか?」
と、なんだか脚本を読んでるような感じというか、自分も物語に参加しているような感じがでてきます。

で、もちろん作者はこの現在形の効果をよくわかっていて、物語の最後には読者も登場!?することに。
というわけで猿は悲しいし、私も悲しいし、あなたも悲しい。
訳し終わり、あー、わたしも悲しいことにされちゃったよ、バナナでも食べようかしら、なんて気持ちになったところで、そう、これはCDブックだし、と、作者の声というか、朗読を聴いてみると、バリー・ユアグローがぐっと身近に。一緒にみんなで悲しくなってオシマイって、洒落てます。

読み物としては、この超短編、もちろん短いけど、朗読で聴くにはいい長さかも。大人のための絵本ならぬ、大人のための朗読劇です。


NASTYbook
たちの悪い話

2014年4月18日金曜日

柴田元幸編・訳『柴田元幸ハイブ・リット』


この一ヶ月ほど、平日は毎日1時間づつ、柴田先生(一度お会いしただけですが、こうよぶことにしました)の『翻訳教室』の課題を訳してました。起きてすぐ珈琲を飲みながら、ぼおおっとした頭で辞書をひき、英語も日本語も紙に鉛筆でコツコツ書き込みます。面倒といえばこの上なく面倒な作業だったはずですが、一ヶ月も経過すると習慣になるらしく(というのは、どこかの心理学の先生も言ってたはず)、課題を全部訳し終えてしまった今日の寝起きはなんだか物足りなく、また、この種の禁断症状がくるだろうなあと予測もしていたのでしばらく前から次の課題を探してました。

翻訳をもっと身につけたい、という目的ももちろんあって、じゃあ、ニュース翻訳とか別の分野に挑戦してみようかとも思いましたが、調べてみると、柴田先生の翻訳書はポール・オースター以外にもたくさんあり、アンソロジーになってたり講義形式になってたり、するものもちらほら。

短めの文章を訳して、柴田先生訳とつきあわせるのがいいかも、と、選んでみると、『柴田元幸ハイブ・リット』と『生半可版 英米小説演習』あたりがよさそうだったのでどちらも入手。このうち、『柴田元幸ハイブ・リット』は複数の作家の文章と柴田先生訳の文章が見開きになっていて、しかも、作者が自分の作品を朗読したCDがついてます。ちなみに、出版社はアルク。小説が音楽だとしたら、このCDは作曲者による演奏みたいなものといえるかも、な、なかなか貴重な音源です。

英語教材としては、読んでもよし、聴いてもよし、音読してもよし。そしてもちろん、翻訳して柴田先生の訳と比較して味わってもよし。収録作家は、Barry Yourgrau, Rebecca Brown, Kelly Link, Stuart Dybek, Steven Millhauser, Paul Austerです。オースターファンのわたしとしては、オーギー・レンのクリスマス・ストーリーの朗読が作者の声で聴けて、しかも柴田先生訳が読めるなんて!とうっきゃあな喜びに満ちた本です。といっても、声を聴くのは最後のおたのしみにとっておくことにして、まずは翻訳翻訳。

翻訳教室 (朝日文庫)
生半可版 英米小説演習(朝日文庫)

2014年4月17日木曜日

レベッカ・ブラウン "Heaven" を和訳してみた。 tried to translate "Heaven" by Rebecca Brown into English.


  ちびちびと続けてきた『翻訳教室』、とうとう最後の課題になってしまいました。レベッカ・ブラウンの『若かった日々』という本の中から、"Heaven"。

「私」の想像する天国は二つあって、ひとつには女性が、もうひとつには男性が登場。で、実はこの二人は「私」の両親の若い頃の姿で、と、シンプルな文章で情景と人物の描写が続きます。そして最後に「私」の願いが仮定法で語られて終わり。シンプルな文章が口語的に続いた場合、そのリズム感も含めてどう訳すのかを考えさせられ、で、仮定法の日本語訳は難しいなあ、と実感したところで終わりました。

難しい単語は全く出て来ないし、文法的にも単純で、英語のままただ読むんだったら読み流してしまいそうな文章ですが、翻訳してみると、ぐっと味わいが出て来るし、あれこれ工夫のしがいがあるんだよ、と教えられた感じです。翻訳は英語の理解だけでなくて、日本語力だというのも、『翻訳教室』の課題をこなすにつれ、身にしみてよくわかるようになりました。こういう時、日本語だとなんていうんだろう、なんていうのが一般的なんだろう、と、よく考えるようになりました。

それと同時に、こういう場合、英語だと他にどんな表現があるのかな、とか、あえてこの表現を選んだ理由は何なんだろうなあ?と考えるようにもなりました。そのあたりの連想がすっと出て来るようになると、英文の特徴を活かした日本語文になるんだろうなあと。

とまあ、今回は、『翻訳教室』終わっちゃう!、というややセンチメンタルな気持ちがまさってしまい、レベッカ・ブラウンの文章にはいまひとつ入り込めなかった感があります。でもこの、読んでても水のようにすーっと通り抜けていってしまうのが、この人の文章の特徴なのかも。ちなみに、柴田先生のレベッカ・ブラウン紹介文は次のようになってます。

レベッカ・ブラウン Rebecca Brown (1956-)
 男女間・女女間の烈しい愛を幻想的に描いた作品にせよ、エイズ患者や自身の母の看護体験に根ざした作品にせよ、ほとんど呪文のようにシンプルな文章で読み手を魅了する作家。作品にAnnie Oakley's Girl(City Lights, 1993)など;邦訳に『体の贈り物』(柴田元幸訳、新潮文庫)など。


若かった日々

The End of Youth

2014年4月14日月曜日

小説と音楽 novels and music

最近ずっと、好きな小説はなぜ好きなんだろう、好きな翻訳はなぜ好きなんだろう、というようなことを考えていたところ、次のような文章に出会って、そっか、結局は音かも、とかなり納得しました。
最近、思うのですが、「映画と漫画」は映像を「見せてしまう」という点で同じジャンルですが、そういう意味で言うと、「小説」は「音楽」の仲間ではないでしょうか?  映像はないので、自分で想像するしかありません。言葉によってイメージが喚起されて、リズムやテンポを身体感覚で味わう、という点で、同じような気がします。書かれている(もしくは歌われている)テーマなんてどうでもいいんです。読んで(聴いて)、ああ気持ちよかった、と思えるものが最高なんじゃないでしょうか。(伊坂幸太郎『3652』p.49)
小説は音で楽しむ、というのは、音の好みはもちろん、もしかすると個人差があって、テーマや意味がやっぱり重要、っていう人も中にはいるのかもしれない、と想像しますが、すくなくともわたしはかなり音重視な楽しみ方をしているような気がします。というのは、音楽と小説はなかなか一緒にたのしめないし、音楽を聴きながら文章を書く、というのも苦手。

『翻訳教室』での柴田先生のコメントを読んでると、かなりこの「音」が重視されているのがよくわかります。意味を正確に訳すのはもちろん、原文のリズムやテンポも再現しようとする翻訳。小説が楽譜だとしたら、翻訳家は外国語の音のルールに従ってその小説をアレンジする、編曲者のようなものといえるかもしれません。

んー、面白い。そしてムズカシイ。

翻訳教室 (朝日文庫)

2014年4月11日金曜日

リチャード・ブローティガン『太平洋のラジオ火事のこと』を和訳してみた。tried to translate "Pacific Radio Fire" by Richard Brautigan into Japanese.

アリの非業の死の物語の次の課題は、リチャード・ブローティガンによる、傷心と海と燃えるラジオのお話でした。基本的にごくありふれた単語しか出て来ないのですが、そういう場合は日本語にも対応する言葉がたくさんあったり、そもそもシュールというか幻想的というか、日常的な非日常、柴田先生いわく「ポップな非リアリズム」な文章なため、何が起こっているのか見極めるのが結構難しかったです。知ってるつもりの単語が並んでても、句動詞になってたり、クリシェ(決まり文句)になってたり、意外な意味になることもあるわけで、油断大敵。

といってもすごく好きな文章で、訳すのも楽しかったです。そして柴田先生が絶賛する藤本和子さんの訳も紹介されていて、その訳がほんとすばらしい。わたしの中ではこれまで、柴田先生の訳がベストだったのですが、リチャード・ブローティガンのこの文章については、藤本和子さん訳のほうが好みとなりました(『翻訳教室』では、生徒の訳例と、藤本和子さんの訳と、柴田先生訳を比べ読みすることができます)。

そんなわけで、リチャード・ブローティガンの代表作『アメリカの鱒釣り (新潮文庫)』(もちろん、藤本和子さん訳)を衝動買い。60年代のヒッピーなアメリカを想像つつちびちびと読んでます。読み終える頃にはわたしの中のアメリカのイメージが変わるかもしれない、そんな気がする読書です。

と、「アメリカ」を意識させるのもブローティガン作品の特徴なのかもしれません。『太平洋のラジオ火事のこと』ではアメリカのホコリ(誇りではなく、埃です)についてまで考えさせられましたし、『アメリカの鱒釣り』はタイトルにまで「アメリカ」が入ってます。

そもそもわたしにとっての「アメリカ」って、10代では『赤毛のアン』『大草原の小さな家』、20代はポール・オースター、30代はヘミングウェイ。40代はhuluでたっぷりドラマは観てるものの、文学からすると知ってるようで知らない国だなあ、ということに気がつきました。

ってことは、もしかするとすごおく気の合う作家さんを見つけられる可能性も多々あるわけで。というのが、英語や翻訳を勉強するモティベーションになってます。翻訳ってほんと、深く物語の中にダイブするのにいい方法ですね。

REVENGE OF LAWN

芝生の復讐 (新潮文庫)

アメリカの鱒釣り (新潮文庫)

Trout Fishing in America

2014年4月10日木曜日

ローレンス・ウェシュラー『ウィルソン氏の驚異の陳列室』をすこしだけ和訳してみた。tried to translate a bit of "Mr. Wilson's Cabinet of Wonder" by Lawrence Weschler into Japanese


一日一時間と決めて取り組んでいる『翻訳教室』もあとわずかとなってきました。これ終わっちゃうと相当さびしいです。そろそろ独学も限界かなあと思ったり。

ともあれ、ヘミングウェイの次の課題はローレンス・ウェシュラーというジャーナリストの"Mr. Wilson's Cabinet of Wonder"という本から、ちょっと奇妙なアリのお話でした。

科学読み物の一節みたいな淡々として文法的にもやさしくよみやすい文章なのですが、熱帯雨林のアリの話なので、専門用語というか生物学的な用語がちらほら。こういう場合、収録語数10万2000の『ロングマン英和辞典 』では物足りない場合があるのですが、収録項目数28万『リーダーズ英和辞典』なら大丈夫。と、今回は、この2冊をひきくらべる作業が新鮮でした。

で、思うに、TOEICなどの資格試験用に単語や表現を覚えようとする場合にはロングマン、翻訳作業にはまず、リーダーズがいいのかも。ロングマンはコーパス情報を反映したデザインで、英語でよく使われる単語はよく目立つように書かれてます。そして、英文の用例も豊富なので、英作文とか英会話にも便利。一方、リーダーズは、収録語数が多いのに加え、ひとつの英単語にたくさんの日本語を対応させることで、その英単語の意味の幅というか深みを表現してるといえそう。

それにしても訳語には普段お目にかからないものもしばしば。「非業の死を遂げる(meet one's doom)」なんてひさびさに読み書きした言葉でした。ちなみに今回の文章で非業の死を遂げたのは人間ではなくて、アリです。


Mr. Wilson's Cabinet Of Wonder: Pronged Ants, Horned Humans, Mice on Toast, and Other Marvels of Jurassic Techno logy (Vintage)

ウィルソン氏の驚異の陳列室

ロングマン英和辞典

リーダーズ英和辞典 第3版

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