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2014年3月10日月曜日

"The Lord of the Rings" を iBooksで。

先週末はどっぶりと映画、ロード・オブ・ザ・リングス三部作を観て感動。瀬田貞二の日本語訳版を子供の頃夢中で読んだ記憶は残っているものの、いい感じにディテールを忘れていたのが幸いして素直に物語世界に入り込みました。ストーリーはもちろんのこと、それにしてもよくもここまでつくりこんだなあという感動もあり、世界中にいるであろうこの物語のファン層の厚みを感じたのでありました。

で、観終わった後はもいっかい原作を読もうかと瀬田貞二版をすこし読みなおしてみたのですが、違和感が。映画だと言葉は字幕の短めの日本語を読みながら、会話中心の英語を聴く事になるからか、この日本語訳よりもずっとさっぱりした印象が脳内に残っていて変な感じ。気持ち悪いので英語で読みたくなって、で、amazonであれこれみてると版がたくさんあって迷います。それにこの話って、うちにある日本語訳版でもハードカバー6冊セットとかなりのボリューム。

じゃあ電子書籍かあ、でもKindle端末買うまでじゃあないし、iBooksでちらっとみれたらいいなあ、とはじめはiphoneでサンプルを読んでみたのですが、もっと大画面でも読みたい、と、MacOSをMavericksにアップグレードして読み始めたところ、なかなかいい感じ。

英文科卒でもなんでもないわたしは英語を文学的に味わうっていう感じ、ほとんど経験ないのですが、トールキンの英語ってさっぱりと音がきれいな印象。詩人も目指してた人だから特にそうなのかな?

トールキンは英国人ですが、世界の多くの人に愛されてるこの物語は一種、共通語的なところもあるのかも。書かれたのは50年以上前ですから古いといえば古いのですが、どっぷり読んでみるのもいい勉強になりそう、よしこの際翻訳版と見比べながら丁寧に辞書をひいて読もう、と超スローリーディング(かなり翻訳モードだけど翻訳まではしない)をやってみることにしました。

好きなお話なので時間はたっぷりかける予定。といってもそもそも長いし、トールキンも20年かかって書いてるようですから、そういうのがぴったりな物語なのかもしれません。

ところで、今のところiBooksが便利なのは、iphoneとMBPをこまめに同期してくれるところ。メモがたくさん書けるところ。背景の色が変えられるところ。一方で不満なのは、やっぱりiphoneやMBPの画面はぴかぴかして読みにくい、眼が疲れるような気がするところ。

でもこの大作がiphoneで持ち歩けるなんて、感激。でもタプレットで読みたくもなりそう。やばいやばい。笑


著者 :
ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日 : 2014-02-19




The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring, The Two Towers, The Return of the King

2014年3月7日金曜日

『指輪物語』の言語 The languages of "The Lord of the Rings"


『指輪物語』と『ホビットの冒険』は子供の頃夢中になって読んだファンタジー物語。思い入れが強いだけに映画観るとがっかりするかも、とも思いつつ、SHERLOCK(シャーロック)のワトソン役、マーティン・フリーマンが主役だし、それなりに楽しめるかも、とiTunesで観てみました。

で、どうだったかというと、はあ、素晴らしい映像体験でした。本で読んだ時もある程度は頭の中で映像化してるわけですが、あそこまでくっきり、美しさも醜さも鮮明に描かれてしまうとは、と圧倒される世界。魔法使いやらドワーフやらエルフやら架空の種族もリアル。

しかも種の区別は言語にまでおよび、エルフ語というのをエルフや魔法使いが話しています。特別な文字もあり、なんだこれは?と映画を観終わってからwikipediaで調べてみると、原作『ホビットの冒険』の作者、J・R・R・トールキンの著作について、こんな記述が。
最初の文学的野心は詩人になることだったが、若い頃の第一の創作欲は架空言語の創造だった。それらは後でクウェンヤとシンダール語に発展するエルフ語の初期の形態を含んでいた。 言語がそれを話す民族を指し示し、民族が言語の様式と視点を反映する物語を明らかにすると信じて、(この名前が紛らわしいと考えるようになったのでいくらか後悔することになるが)後にエルフと呼ぶようになった伝説の妖精についての神話と物語を書き始めた(英語で書いたが、かれの創造した言語の多くの名前や用語を含んでいた)。
また言語については、次のような記述が。
文献学、言語に関する研究は特に熱心に取り組んだ学問であり、それが高じて約15の人工言語を発明するにいたった。中でも二つのエルフ語、すなわち「クウェンヤ」と「シンダール語」は特に有名である。彼はこれらの言語が誕生した背景として、中つ国の詳細な宇宙論や歴史を創り上げた。
だそうで。 ひゃあ。トールキンさんてば、物語に登場する民族独自の言語までつくちゃってて、映画で採用できてしまうほどの完成度ってこと?

とまあ、映画をきっかけに『指輪物語』の壮大かつ緻密な世界を体験してぞくぞくしたのでありました。

そしてなんだか、wikipediaってトールキン関連の情報がものすごく充実しているのだなあ、アツいファンがたくさんいるのだろうなあ、とこの架空な物語のリアルな存在感に驚いたのでありました。

クウェンヤやシンダール語を学ぼうとは思わないけど、学びたい人のための素材はネット上にたくさんありそうです。

2013年5月2日木曜日

映画『リンカーン』でアカデミー賞主演男優賞を受賞した、ダニエル・デイ=ルイスのスピーチ the speech of Daniel Day-Lewis winning Best Actor for "Lincoln" at the Oscar.


Troisième Oscar du meilleur acteur pour Daniel... 投稿者 francetvinfo
(上の動画が再生されない場合、あるいはプレゼンターのメリル・ストリープのスピーチのところから観たい方は、youtubeのこちらの動画をご覧下さい。)

昨夜、ドラマで出てきた単語を調べていたら、いつも使ってる『ロングマン英和辞典』にも、Weblioにも、説明が見当たらず、goo辞書にいたってやっと説明が見つかりました。goo辞書は、普段ほとんど使わないのですが、結構充実してるのかしら?とつらつら眺めていると、「セレブ(秘)語録」というコラムがあって、ダニエル・デイ=ルイスの今年度アカデミー賞でのスピーチのことが話題に。

このスピーチ、わたしもBSプレミアムで観ていて、メリル・ストリープ版リンカーンとダニエル・デイ=ルイス版サッチャーを想像して笑いました。セレブ(秘)語録に書いてあるような、イギリスの首相 vs. アメリカ大統領、っていう構図までは思いいたってませんでしたが、『リンカーン』のメイク技術がすごいなあ、っていう気持ちもあったのが笑いをさらに高めたかも。

ともあれ、今月のセレブ(秘)語録(Vol.45)には、ジョークの解説だけでなく、スピーチの前半かなりの部分と訳文も掲載されています。興味がある方のために、スピーチの英文部分だけ引用しておきますね。
I really don't know how any of this happened, I do know that I've received so much more of my fair share of good fortune in my life and I'm so grateful to the Academy for this beautiful honour. It's a strange thing because three years ago… I had actually been committed to play Margaret Thatcher, And Meryl was Steven's first choice for Lincoln and I'd like to see that version. Steven didn't have to persuade me to play Lincoln but I had to persuade him that perhaps if I was gonna do it then Lincoln shouldn't be a musical.
ちなみに、来週は映画館で『リンカーン』を観る予定。今からすごく楽しみです :)


マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙(字幕版)

関連リンク
(秘)語録 - goo辞書
Oscars.org | Academy of Motion Picture Arts and Sciences
アカデミー賞 - Wikipedia
映画「リンカーン」オフィシャルサイト

2013年4月29日月曜日

映画『CUT』の舞台裏 The backstage of the film, CUT



日本+αな国際共同製作映画が面白い、と思う今日この頃。その中でも、今いちばん気になるのは覚馬さん、じゃなくて、俳優西島秀俊さん。特にここ数年は、イ・ジェハン監督(韓国)の『サヨナライツカ』(2010年公開)、アミール・ナデリ監督(イラン)の『CUT』(2011年公開)、そしてオドレイ・フーシェ監督(フランス)の『メモリーズ・コーナー』(2013年公開)と、国際色のある映画が続いてます。

この3本の映画のうち『CUT』は西島さんが主演。映画への愛を表現した作品なのだと予告編を観て興味が湧いたのですが、「殴られ屋」って何?痛そうだなあ、インディペンデント色が強すぎてつらい映画かも…、とちょっと敬遠していました。が、iTunes Storeにもきたことだし、と思い切ってみてみたところ、予想外の面白さ、というか観たことのないような映画でした。

自然な日本語とちょっと懐かしいようなシチュエーション、大胆な構成、ラストがどうなるのかハラハラドキドキ。それでいて、日本と日本映画への愛、監督たちへのリスペクト、そして現代の映画環境への警笛ともいえるメッセージがしっかり伝わるという、不思議な作品でした。何かに熱くなるって悪くないというか、いいな、かっこいいな、大切なものは大切にしなきゃ、とそんな気持ちに。

同時に、こういう国際共同製作映画ってどうやって作るんだろう、例えば言葉の問題は?と気になったところ、映画の公式サイトにそこのところが詳しく書かれてました(アミール・ナデリからのコメント)。
私は日本語を一切話せませんが、日本では言葉の壁を感じませんでした。台詞も私にはあまり重要ではありません。映画を観賞する際、台詞はきちんと聞いていますが、自分の映画ではあまり言葉を使いたくありません。私にとって、台詞は物語を進ませるひとつの要素ではありますが、台詞なしのイメージでストーリーを語りたいと思っています。映画作りへの情熱は映像、動き、編集そして沈黙で物語を説明することです。『CUT』において沈黙は主役そのものでした。
そういえば、この映画にはサイレント映画を建物の屋上で上映する、なんてシーンもあります。一方で、何人もの人が声を上げてるけど、何を言ってるかはあんまり重要じゃなくて、声に込められた感情だけが伝わってくるシーンも。
映画製作現場では通訳の手を借りて、スタッフやキャストたちと繋がりました。英語を解っている人も多かったと思いますが、日本人はシャイなのか、英語で返事をしてくれませんでした。私は撮影のとき、現場や雰囲気が大切だと思います。互いの信用は約束や言葉では生まれません。監督が映像で何を言いたいのか、それをどう伝えるのか、それを実感して初めて信用が生まれるのです。このマジックがいつ起こるのか誰にも誰にもわかりません。『CUT』にもこのマジックが起きました。その後、あまり言葉を交わさなくても、お互いの言葉を理解できました。ひとつの目線、仕草、無言でもコミュニケーションがとれるようになったのです。

ところで、アミール・ナデリ監督はこの作品の脚本も担当していますが、こういう場合、どうやって日本語の脚本にまでいたるんだろう?と疑問に思ったところ、そこのところもインタビューの中に書かれていました。
この映画の脚本は親友であるアボウ・ファルマンと英語で書き始めました。彼はカナダに住むイラン人でビデオアーティストであり詩人です。しかし、私はペルシャ語と日本語のニュアンスが近いことに気付き、脚本をペルシャ語に書き直しました。脚本は日本語に訳され、TOKYO FILMeXのプログラマーである市山尚三さんが青山真治監督を紹介してくださり、彼に脚本の監修をお願いしました。私は青山監督の『ユリイカ』を観ていました。素晴らしい作品です。青山監督とこの映画を通じて知り合えたことはとても喜ばしいいことでした。
ペルシャ語と日本語のニュアンスが近い、っていうのが面白いところ。イラン映画『運動靴と赤い金魚』を観て懐かしさのようなものを感じたのは、言葉のひびきも関係あるのかな、と思ったり。

とまあ、国際共同製作映画というのは、あれこれ気になる存在です。

CUT CUT

関連リンク
映画『CUT』オフィシャルサイト

2013年3月31日日曜日

洋画の原題と邦題 the original titles of foreign films, compared to their japanese versions

外国の映画の日本語タイトルは必ずしも、原題の日本語訳とは限りません。この記事ではわたしが最近みた映画を紹介しつつ、原題と邦題を比較してみようかと思います。

運動靴と赤い金魚 運動靴と赤い金魚(字幕版)

まずは昨日、itunesで観たばかりのイラン映画『運動靴と赤い金魚』。原題はペルシャ語で、"بچه‌های آسمان‎"だそうですが、ペルシャ語が全くわからない私にはこのままでは意味不明なため、Google翻訳にかけて日本語訳してみました。結果は「天国の子供たち」。で、この訳はどうなの?と念のため、この映画の英語タイトルをチェックしてみると、"Childeren of Heaven"、フランス語タイトルは"les enfants du ciel"となってますから、おそらく「天国の子供たち」が原題の直訳として妥当なのでは、と思われます。

でも。日本語で「天国の子供たち」なんて言ったら、子供たちが亡くなる話か、もう亡くなってしまった子供のお話を想像しますが、この映画の子供たちは元気です。いやむしろ、元気いっぱい、走り回りまわる、その姿、特に足元をカメラが追いかける、そんな映画。あ、イランも靴をぬぐ文化なんだなあ、と再確認する日本人は少なくないかも。そして池に金魚、しかも和金がいて、なかなかの役者ぶり。邦題のなかの「運動靴」はこの映画の重要アイテムですし、「赤い金魚」は異国であるイランをぐっと身近に感じさせてくれる存在。というわけで、この邦題は、「イラン映画観てみない?意外と日本と共通点あるんだよ、でちょっとなつかしい感じの映画なんだあ」と、誘ってくれてるような感じがして、とても好きです。

で、原題に戻ってみると、うーん、やっぱりわかりません。「子供たち」の映画ですが、「天国」のイメージが日本とイスラム・キリスト教圏(と、強引にまとめてみた)では違うのでしょうか。英語タイトルにある"heaven"には「たいへん幸せな状態」や「楽園」(by weblio)って意味もあるから、「幸せな子供たち」とか「楽園の子供たち」あたりが原題に込められた意味なのかな?あるいは、フランス語タイトルだと"ciel"ってなってますが、これは「空」「天国」(by 『クラウン仏和辞典』)という意味で…、ああ、これだとまた子供たちが亡くなってしまいます…。んー、ちょっと苦しいですが、"être au ciel"には口語で、「天にも昇る気持ちである、最高に幸せである」(by 『ロベール仏和大辞典』)という意味もあります。ここから推測して訳すと、英語とフランス語、ペルシャ語タイトルの意味するところは「幸せな子供たち」なのかも。たしかにこの映画、「幸せって何?」って考えさせる内容です。原題はストレートに映画のテーマを示してるのかもしれません。


『運動靴と赤い金魚』予告編


エリン・ブロコビッチ エリン・ブロコビッチ (字幕版)

さて、次の映画はhuluで観たアメリカ映画で、邦題が『エリン・ブロコビッチ』、原題は"Erin Brockovich"。英語をカタカナ化したパターンのタイトルといえばそれはそうなんですが、こうした人名の場合、"Erin"を「エリン」に、"Brockovich"を「ブロコビッチ」に訳した前例がある場合、それに従うのが結構大切かも。ちなみに、原題をGoogle翻訳さんにかけるとばっちりこの邦題にしてくれますが、逆に、邦題をGoogle翻訳さんで英訳しても、原題になります(!)が、こうしたことを可能にするためにも、外国人名の日本語カタカナ表記は一定のルールというか、用例の蓄積が必要といえそう。

ところで、人名がタイトルになってる場合って、その人物が実在のことが多いのかも。この映画の主人公は実在の人物で、映画にも登場します。環境汚染の告発という暗く深刻になってもおかしくない内容を、一人の女性の痛快なサクセス・ストーリーとして描いたお話です。残念ながらhuluでは英語字幕はでないのですが、英語スクリプトとその日本語解説をした本が、スクリーンプレイ社から出版されています。

エリン・ブロコビッチ (名作映画完全セリフ集―スクリーンプレイ・シリーズ)

英語での環境用語や法律用語を学ぶにもいい映画かもしれません。



地球にやさしい生活 地球にやさしい生活(字幕版)

次はitunesで観たアメリカのドキュメンタリー映画。邦題は『地球にやさしい生活』で、原題は"No Impact Man"です。"no"も"impact"も"man"も、日本人にとってはなじみ深い英単語すぎるというか、どれもカタカナ化すると日本語なりの意味を持っていますから、「ノーインパクトマン」なんてタイトルにしたら、インパクトがない男=印象が薄い男、なんて意味にとられるかも。が、これは家族の物語。

この映画の中には、"ecological impact(生態的影響)"という言葉がたくさん登場します。いわゆる「環境への影響」っていう場合にこの、"impact"っていう単語を使うんだ、ということを私はこの映画ではじめて知りました。ちなみに、『ロングマン英和辞典』で、この単語を調べてみると、w2(書き言葉でよく使われる2000語のうちのひとつ)に分類されていて、意味は
impact
  1. (出来事・状況などの)強い影響(力), インパクト
  2. 衝撃
  3. 衝突の瞬間
と、あります。つまり、「影響」という意味で使われることが最も多い単語で、この意味での用例として、紹介されているのが、
the impact of pollution on our climate 汚染が気候に及ぼす影響
と、たまたまかもしれませんが、環境問題関連の言葉。

この原題の日本語訳は、直訳だと「影響しない男」になりますが、映画の内容から考えると、"No Impact Man"の意味するところは、”No (Ecological) Impact Man”で、その直訳は「(環境に)影響しない男」なのかも。で、邦題は、"no ecological impact"のところを、「地球にやさしい」にして生かしたものと思われますが、このフレーズ、商品の宣伝などでよく耳にする、ちょっと浮ついた感じというか、表面的な感じもあるのが、この映画の場合は内容的にとてもしっくりきます。というのは、この映画の主人公とその家族は、特に環境問題に詳しいわけでもない普通のニュヨーカーたちで、環境負荷の少ない生活を1年、とにかくやってみる、と宣言して、やってみながら学ぶというか、はじめから妙に専門的になっていないから。

とまあ、自分もちょっと、家族と環境、「地球」のため?に、生活に工夫を、と思わせてくれる映画でした。そういう意味では社会的インパクトのある映画であり、生活実験なので、"a big social impact"って意味も含んだ原題なのかも…。


『地球にやさしい生活』予告編


関連リンク
運動靴と赤い金魚 - Wikipedia
エリン・ブロコビッチ (映画) - Wikipedia
地球にやさしい生活 - Wikipedia

2013年2月9日土曜日

映画で語学。study languages with movies

大学の語学の授業のなかで今でも印象に残っているのが、映画『かくも長き不在(Une aussi longue absense)』を教材にしたフランス語の授業である。といっても、この授業でフランス語がすっかり身についた、というわけではなくて、むしろ映画一般に興味を持つようになった。また「英語を話せるようになりたい」と真剣に思うようになったとき、英会話や留学など実際に話してみる機会をもつ以外に映画を使うようになったのも、この授業の影響が大きい。

とにかくどんな授業だったかというと、まず宿題は、映画の脚本の一部を予習する(読んで理解してくる)こと。そして、授業では映画を字幕なしで観る。そして脚本の和訳を試み、先生の解説があり、理解が進んだところでまた映画を観る。その次の回も方法は同じで、同じように映画を観て、脚本を読んで、また映画を観る。

この授業の方法自体は特に目新しいことはない。すなわち、ある場面の会話を音や映像で体験し、その後内容を文章として理解、そしてまたその場面を観る。語学学習によくあるパターンである。でも映画をこんなに細切れにして丁寧に観る、しかも字幕なしで、というのはとても新鮮だった。

で、これを英語の独学に適用しようと思ったときわたしがやってみたのは、
  1. 気に入った映画は何度でも観る(聴く)。
  2. 映画の脚本を精読した後、何度も音読する。
だった。当時は映画と脚本の両方を教材として入手する、なんてことは当時はなかなかできなかったし、なにしろ独学なので、こういう方法にとどまったのだけれど、今はHuluなど便利なサービスがたくさんあるので、比較的簡単に映画を教材として使いやすいのでは、と思う。

とはいえ、この方法はやっぱり、映画好きの人におすすめだ。ちなみに、語学留学前にたっぷり映画を観たわたしは、留学先で映画好きの友達を見つけ、映画の話を楽しんだ。つまり、英語を話す道具というより、会話のネタとしてこの体験は役に立った。

今のわたしは、特に英語を話す必要もないし、そのためか、英会話の学習意欲はない。でも映画の会話をもっと深く味わえるようになれたらいいなあ、とは思う。そして、日本語字幕を読みながら、英語を聴き取って、自分ならどう訳すかなあ?なんて考えるのも結構好きである。また、聴き取れなかったときに、どんな表現だったんだろう?と辞書で調べてみたりすることもあるが、これはそれなりに語学学習になってるのかも。

2013年2月7日木曜日

ゆっくり読むのも悪くない。It's not so bad reading slowly.

昨年中頃から、ちびちびとペーパバックで小説を読んでいる。映画『食べて、祈って、恋をしてicon』の原作、"Eat, Pray, Love: One Woman's Search for Everything Across Italy, India and Indonesia "という本で、著者はElizabeth Gilbertという女性。イタリア、インド、インドネシアへの約一年の旅というか海外滞在を中心に綴ったノンフィクションなのだけれど、内容は全体がこの3つの国に、さらには各国の内容がそれぞれ36の話に分割されている。そう、3×36=108で、除夜の鐘を連想するけど、japa malas(インドの聖地などで人々が身につけているビーズつなぎ)のビーズの数にちなみ、「バランスをとった」そう。

で、現在わたしが読んでるのは106話の地点。正直、読み終わりたくない。半年ほどゆっくり、一日一話以下でなるべく辞書も丁寧にひいて読んできたからか、愛着が湧いてしまったよう。こんなじわっとゆっくりした読書、日本語ではなかなかできない。外国語だからこそ、ゆっくり、もしかしたらより深く読める、というのは別に今初めて知ったことではなくて、大学生の頃、先輩が言ってた言葉だったりするのだけれど、今回しみじみと実感した。

これを読み終わったら、また同じ著者の本を読もうかな、続編もあるし、と考えていたとき、そっかブログとかフェイスブックとかで何か書いてるかもと思いつき、調べてみると著者のwebサイトが。フェイスブックページもあって、いいね!してみたところ、かなり頻繁に情報が送られてくる。ノンフィクションのお話なので、登場人物たちの今が、小説の続きでもあるわけで、そんな「お話の続き」の出来事が文章で、さらには重要登場人物の写真などもみれて(!)嬉しい限り。本を読み終わっても、ある意味、物語を読み終わる心配はなくなった。

この本があって、それを読んでいるわたしがいて、そのことをこのブログに書き綴っているこのことも、この物語の続きのお話ともいえるわけで。こういう読書はいいなあ。

ちなみに、この本を読むにあたり、iphoneにいれた辞書アプリiconが大活躍。読んでるページの別のページにiphoneを置いて、辞書アプリをひく、というのが、どこにいても手軽にできたのがよかったよう。それと、映画→原作本の順に体験できたのも、両方楽しめてよかった。

今のわたしはゆっくりしか英語を読めない。でもだからこそ、オリジナルが英語のものは英語で読んでみるといいのかも。



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